ドクターズブログ

縫って、縫って、縫いまくる (2007年8月22日 19:21)

「で、ここで皮下をこのくらいの厚さで剥離する。まあ、こんなもんかな。
ねっ、見える?・・・でだ、ちょっと止血して、・・・おっと、ここも出ているな・・・。じゃあ、針糸!、4--0白でいいかな。」
「先生、なんでこんなに剥離するんですか?」
「だからさあ、テンションを低めるためさあ。ほら、こうすると皮膚はびろーんって伸びるだろ。」
「・・・?」
「まあさ、そのうち分かるって。」
「さて、ここで剥離した皮膚をちょっとフックでめくってと、このあたりかな、こうして針糸を真皮にかけるように通すっと。・・・で、こいつをちょちょいと結ぶんだ。ちょってやってみい、練習してたんだろ?」
「はい!」
「なにやっていんだよ、もっとしっかり結べよ。・・・まあさ、最初はしょうがないけどさ。練習しとけよ。」
「・・・すみません・・・」
入局したてのフレッシュマン医師が先輩医師について手術に入ると、こんな感じである。まるで、手品を観ているようで、さっぱり要領をつかめない。
つい最近まで国家試験の受験勉強しかしてなかったのだから、もちろんあたりまえとは思う。しかし、形成外科職人をめざし形成外科に入局したわけだから、なんかとてもくやしいのである。
「先生、ちょっと縫ってみてもいいすか?」
「だめに決まってんだろ!素人に大事な患者様を任せられかってんだ。アホ!」

ますます、くやしさが込み上げるが、医師の世界では先輩は絶対的存在だ。
「まずさあ、スポンジあたりで練習しろや!。いい口コミを教えてやる。東急ハンズで売っているスポンジはいいって評判だぜ。」

後日、休日の日に評判の東急ハンズに行って、当のスポンジを購入する。以外に値段が高い。たまたま通りがかった、違うフロアーにクッションを作るコーナーがあって、中身のスポンが売られていた。さっきのものに比べるとかなり安い。なんだと思いこれも購入する。
手術見学の際、手術部の看護師にたのんで、使わずに捨ててしまう、余った糸をもらってくる。1回使って捨てる使えそうな針ももらう。外科手術の材料はすべてディスポーザブル(使い捨て)でけっして失敗して捨てたものではないわけだから、けっこう使えるのだ。あとは持針器(外科針を支持し組織に糸を通す、外科ではおなじみの道具)とピンセットを借りる。ハサミはどんなヤツでも良い。
さっそく例のスポンジを切って、1cmくらいの厚さで剥離し、糸をかけてみる。
高いスポンジは、なんかもったいないような気がして、安いやつから使ってみた。ところが安いスポンジはスコスコしてうまく糸がかからない。ちょっと力をいれればすぐちぎれてしまう。なんとか太い糸で大股に糸を掛け結んだ。辺縁はまったく合わさらず。左が右に覆いかぶさってしまう。
「なんだこりゃ!・・・」
がっくりしてしまうが、めげずどんどん練習する。
ちょっと慣れ出したので、さっそく評判のスポンジを使ってみた。
全然感触が違う。ちょっと小さめの針や細目の糸もスムースに掛る。
「なるほどね。やっぱこいつじゃないとだめなのか。」
次の休日に奮発して、この評判スポンジを大量に購入した。
後日、このスポンジによる練習が、形成外科では基本技術である「皮弁(フラップ)」のテクニックの習得と、理論より体が覚える感じを掴むのにおおいに役立った。
その後、鳥の皮つきもも肉を買ってきて、板にくぎで肉と皮膚を貼り付け、これをメスで切って縫ってみる。多少は練習になるが、ぬとぬとして針のすべりが悪すぎる。こいつはあまり役には立たなかった。
次に、革ジャンの裏を切って縫ってみた。今度は硬すぎて針が曲がってしまった。こいつもダメだった。

フレッシュマンの医師は週に2回ほど先輩医師に付いて当直を経験する。当直室は狭く、おそらく監獄の部屋に似ているのだと思う。2段ベットでフレッシュマンは上のベッドで休む。
しかし、当直はチャンスだ。なにしろ昼間の手術では、絶対出番は無い。しかし、急患の場合、先輩が患者の処置をまかせる場合が多いのだ。もちろん手が付けられないほど重症の場合は別だが。
当直の夜はたいてい2〜3人の患者さんが、どこか皮膚を切って来院する。ときには救急車で来院されることもある。
ププッ、ププッ、救急センターからのコールだ。
「・・才男性。前額部を切って来院しています。至急お願いします。」
「ちょうどいいや。おまえやってみい。」
「ありがとうございます!」
ニコニコだ。しかし、先輩の手前自分の評価にもつながるので失敗は許されない。
まず、局所麻酔。
「ここ痛いですか?」
酔っぱらった患者さんが答える。
「ぜーんぜん、いいきもちだよーん。」
まず、デブリドメントだ。印をつけ先輩の顔をうかがう。
(OK!)目で答えてくれた。
デブリドメントとは挫滅した傷の周囲をメスできれいに切り取り術後、傷跡がきれいに仕上がるようにする基本テクニックだ。
印の上をやや内側にメスの刃に角度をつけすーっと刃を滑らしていく。
と、頭では分かっている。しかし、キキッという感じで引っかかってしまうのだ。手が震えてきた。
「おいおい、先生よお、あんた新米だろお。震えてんぜえ。俺は酒の被害者にゃなったけどよ、医療ミスまでされちゃあ、かなわねえよなあ!」
患者さんがおどけたように言う。
額に汗が浮かんでくるのが分かる。

とその時、救急外来の主任看護士の通称「評判のおばちゃん」がちょっと怒ったように患者殿に告げる。
「・・さん、先生はいまね、細かいところを丁寧に縫ってくれてんの。新米先生っていたってねえ、将来の美容外科の大先生になる予定の先生なのよ。少しはだまんなさい。だれでもさ、細かい事しようと思ったら、ちょっとは手が震えるじゃない。わかんでしょ!」
「へえへえ、悪うござんしたね。」
さすが、ベテラン看護師。私は肩の力がすっと抜けるのを感じる。
「すみませんねえ、新米で」
余裕すら出てきた。先輩の方を見ると、目が笑っていた。
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入局し6〜10カ月を大学病院で研修すると、次に待ち受けるのは関連施設の総合病院での麻酔科研修、一般外科研修と整形外科研修である。約2年間形成外科から全く離れて、まず、「医師」になる研鑽を積むのである。
転勤の前日、医局長が言う。
「いいか、明日からは形成外科で習った事は一旦全て忘れろ。君が研修する科の先輩医師から習う事を忠実に守るんだ。」
6カ月の麻酔科、救命科研修を終えると、私は地方の消化器外科へ配属された。
しかし、私は医局長の言いつけを守らなかった。


一般に外科といえば消化器外科をさしているくらい、消化器外科の手術は多い。
特に私が赴任した病院の消化器外科は市内どころかこの地方の評判がすこぶる良い。外来は連日のおおにぎわいだった。
ある患者さんに聞いてみた。
「あなたの住んでいる所からこんなに遠いこの病院までよくいらっしゃいましたねえ」
「口コミですよ。なにしろ、とてもSS先生は評判がいいんですよ。うちの近所の方も命拾いをしたって・・。」
胃、大腸、虫垂、肝臓、胆嚢、すい臓、乳腺、食道、全てが消化器外科の範疇だ。ほとんど毎日、患者さんの腹を裂く。
消化器外科では内臓の手術が終り腹膜を閉じると、もうほとんど手術は終わったも同然な感じになる。最後の皮膚縫合はいたって簡易である。
そこで、私は消化器外科部長のSS先生にお願いをしたのだ。
「先生、皮膚の縫合を自分にやらせて下さい。で、もしできたら、形成外科的縫合を鍛練させていただけませんか?」
「もちろんいいだろう。しかし、練習という言葉は使うな。君ももうほんものの外科医なんだ。単純に手術をさせてくれでいいんだ。ただし、あまり時間をかけるなよ。OP室は忙しいのだから。よし、がんばれ!」
「ありがとうございます!」
毎日一例、大学病院の形成外科で習得した形成外科縫合方を実践してみる。
ほとんどが腹部の縫合である。もちろん内蔵の手術時は雑用に徹する。腹膜を閉じれば、私の出番だ。
「よおし!あとは縫っておいて。」
部長が手を下ろす。第一助手の先生が私に目配せをした。皮下の中縫合が終わると助手の先生も手袋を取りながら言う。
「あとは皮膚だけだからいいよな。じゃあな。」
これから勝負だ。実は中縫合をもっと細かくやるつもりなのだ。
もうだれにも遠慮することは無い。徹底的にきれいに縫うぞ。
これでさらにこの病院の口コミ評判度合がアップするのだ。
きもちだけが先行する。
ふと、首筋に視線を感じた。顔を上げる。
麻酔科の先生がうんざりした顔でこちらを見ている。首をめぐらすと、看護師達も「はよ、せんかい!」みたいな表情だ。
やっぱし、徹底的は無理か。医局長の言葉を思い出した。
しかし、私はこれも「無視」したのだ。
後日少しづつ麻酔科の若手医師や中央手術部の看護師と仲よくなったため、最初の頃の冷たい視線は無くなったが、私も少しは手を休めるようにもなっていた。
この頃産婦人科の若手医師一人が急に大学に帰っていき産婦人科では医師不足になっていた。そこで土曜日の午後と私の研修日さらに日曜の救急帝王切開等産婦人科の手術に参加させてもらうよう産婦人科部長に頼みに行った。もちろん、消化器外科には迷惑がかからない範囲でだ。
産婦人科部長はとても良い人物で快く引き受けてくれた。
「若い医者が僕の前に立っているだけでもいいんだ。」
どう考えてもうざったい私を笑顔で迎えてくれた。そればかりか、子宮の特殊縫合をやらせてくれたたり、3カ月もすると帝王切開そのものをやらせてくれた。おかげで3人の赤ちゃんを私は取り上げる事ができた。優秀な外科医は未熟者の扱いがうまい。すぐどなったり仕事に手を出したがる職人は先輩としてまだ師匠の域に達していないのかも知れない、そんなふうに感じてしまう、産婦人科部長の先生だった。もちろん患者さんからの評判が良いだけでなく病院スタッフからも信頼される先生だった。
私にも気を使ってくれて若い患者さんの腹部を心ゆくまで縫合させてくれた。その頃には麻酔科の先生も中央手術部の看護士達とも打ち解けあっていたから、多少の融通は付けてくれるようになっていたのだ。
この時の経験は私の美容外科職人としての礎を築いてくれたことは言うまでもない。
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こうしてこの2年間に縫合した皮膚の傷の長さは200mに達したはずだ。その後さらに6年にわたり、形成外科専門施設でこんどは形成外科専門医から直接指導をうけながら形成外科職人になっていく。
これが今ではフェイスリフトや二重まぶたの芸術的縫合技術に発展していくのだ。そして行き着くところは「美容外科職人」なのである。

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