顎の先を「頤(オトガイ)」と言います。頤が後退して輪郭が貧弱に見える方がいらっしゃいます。下顎骨の顎先の部位が引っ込んでいたり、小さかったりするのが原因です。
美容外科の治療法として最も多いのは、頤用シリコーンプロテーゼの移植です。口腔外科では、下顎骨の水平骨切りと、切断した骨片の前方移動と固定を行う医師もいます。
私たちは、厚労省で認可された人工骨であるバイオペクスを使い、これを3Dプリンタで各患者さまにカスタマイズして移植しています。
バイオペクスの最大の利点は、骨置換といって少しずつ、自分の骨に置き換わる性質です。つまり、人工骨を移植すると、一部を除いてそれがご自身の骨になるわけです。人工骨移植は、頤を自分の骨で増加できるのですから、理想的な手術だと考えています。問題点は、人工骨のカスタマイズに少々面倒な工夫が必要な事くらいでしょう。
さて、今回は、私の診察室で実際にあった症例をご紹介します。
カウンセリングと診断(その1)、そして、手術から1年後の一連の治療を解説してみました。(その2)
CTスキャンでの診察後、この患者さまは、人工骨での再建手術を希望されました。そこでCTデータから3Dプリンタでクレイモデルを作成しました。
患者さまと移植すべき人工骨のカスタマイズのためのサイジングを行います。3Dプリンタとクレイモデル(粘土モデル)を使って実際の人工骨を再現してみるのです。
(Patient):これが、私の「あご」ですか?結構リアルですね。骨の凹みも思ったよりひどい印象です。
(Doctor): これはあなたの実物大の骨を模倣しています。つまり、あなたの顎を外に出したものと考えて良いのです。
この凹みはプロテーゼのいたずらですね。プロテーゼもやや大きく長い感じです。
おそらく、プロテーゼは最初に入れたところから、しばらくして、上にずれたようですね。顎の先より上の方に窪みが続いていますから・・。
プロテーゼはかなり骨を侵食していますね。でも、骨髄のダメージは無さそうです。
(P):このままだと、顎の骨が無くなってしまいそうです!
プロテーゼを入れて顎がしっかりしてきた頃から見ると、今の顎先がかなり小さくなってきた理由が「これ」だったんですね!
ちょっとショックです・・・。
(D):さて、新しく人工骨(バイオペックス)で、再度あなたの顎先(頤部)を再建するとしたら、こんな感じになると思います。
これは、3Dプリンターにシリコーン系粘土で予想図を作成したものです。
もしよければ、これを見本にして、バイッペクスで実物を作成しましょう。
(P): わかりました。よろしくお願いします。
手術の依頼が決定しましたので、さっそく人工骨のカスタマイズを行いました。
人工骨をカスタマイズした後、これを再滅菌して手術の日を待ちます。
手術は静脈麻酔下で患者さまの意識を落として、口腔内の切開線から移植を行います。手術時間は1時間程度です。
あらかじめ3Dプリンタでカスタマイズした人工骨はぴったり収まります。
[コメント(後編)]
オトガイ形成(顎先を出す美容外科手術)は長らくシリコーンプロテーゼが利用されてきました。この手術はとても良い結果がでますが、後日、頤骨の変形が問題でした。CTスキャンデータを観察すると、多くの症例で骨の吸収と陥凹性変形が認められます。
ある程度の面積や体積(厚さ)があるシリコーンプロテーゼを骨の上に移植すると、その上にある筋肉の動きがシリコーンプロテーゼの下の骨を萎縮させると考えられます。この事が、かつては美容外科といえばシリコーンの移植といわれた時代もあったのですが、これを行わなくなってきた理由だと私は考えています。
では、骨組織を増やす良い方法はなくなったのでしょうか?
バイオペクスは2000年に厚労省の認可を受けた人工骨材料です。
比較的自在に形を整える事ができます。移植された人工骨は数年で自家骨に変化することが認められています。つまり、移植された人工骨は、いずれ自分の骨に変わっていくことがわかっています。私はCTデータを数年にわたり観察した結果、人工骨が自然な形で自分の骨に馴染む状態を確認しています。
現在酒井形成外科では、頤形成だけでなく、前額形成(おでこを出す美容外科手術)やエラ骨削りの修正等にもバイオペクスを利用して再建を試みています。